岩井理沙(53期pf)

留学の地から

5年前、イモラ国際音楽院受験のため、イタリアに渡った。学校はスフォルツェスカ城を使用し、世界から大勢の若いピアニスト達が受験に来る。合格枠が狭いと聞き、ドイツの音大も受験し、結果、イタリ、ドイツ、二カ国Wスクールが始まった。留学一年目、ドイツへの帰路、猛吹雪に逢い、深夜、スイスの知らない駅で降ろされた。ホテルも無く、凍える駅で野宿を決めた時、乗客の一人に声を掛けられ、疑心暗鬼でお宅にお邪魔したところ、なんと彼女はジュネーブ音楽院出身のチェリストだった。心身共に疲弊していたが、朝まで共奏したことは私の大切な思い出となった。二年目、夜行列車を経験した。私は、鞄を抱きしめて横になったが、熟睡できず、ふと目を開けると、暗闇から大きな白目が光った。真向かいの黒人男性が、私を凝視していたのだ。息が止まった。翌朝、イタリア人の車掌さんが、疲れた私にくれた、苦いコーヒーと冷たいマフィンは一生忘れられない優しい味だった。色々な悲喜交々の体験と共に、ドイツの音大を卒業し、イモラの学生寮に移住を始めた。手続のため、イタリア警察に出頭した時、日本人贔屓の警察官達に、時計の修理を頼まれた。メカに強い私は、ドライバーで簡単に直した。皆に賞賛され、署長らしき人から修理代まで頂いた。この驚きの体験を初め、以後人々との温かい交流が続いているのは、語学力と、日本人、そして音楽家であることの恩恵であると思う。現在、国内外で演奏会も増え、充実しているが、楽しい事ばかりではない。-10 度~ 48 度の気候に耐え、鉄道やライフライン事情は劣悪である。寮では、自由で超独創的な音楽家達が日々衝突している。レッスンでは、ハイレベルな技量を求められ苦労するが、尊敬する師匠と、刺激を受け合える友人達に囲まれた毎日を逞しく有意義に過ごせること、日本から支えてくれる家族にも感謝し、少しでも社会に音楽で還元できるよう、更に精進していきたい。

岩井理沙(53期 ピアノ専攻)

スペイン・バルセロナでの演奏会

学長のウラディミール・アシュケナージ氏らと

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