寺下奈々(51期vo)

夏の終わり

長い夏休みも終わりようやく涼しい風が吹く季節がやってきました。
「芸術の秋」という言葉があるように、こちらイタリア・フィレンツェも市内のあちらこちらでコンサートが開かれています。
京都と同じように小さいながらも芸術で溢れるフィレンツェには数多くの有名な美術館、博物館があります。
音楽院の中で演奏者が選出され、いくつかのコンサートを振り分けられます。
有名所を並べると、ウフィッツィ美術館、ピッティ宮殿、歴史ある教会など華やかな晴れ舞台が用意されています。
ひょんなことからこの数少ない機会を得ることができた私に与えられた舞台は、ニューヨーク大学・フィレンツェ校の「「Villa la Pietra」でした。
和洋折衷ごちゃまぜのお宝が所狭しと置かれたサロンは、お宝保存のためにキンキンに冷房が効いていてブルブル震えながら1時間のプログラムを演奏しました。
今月は先史時代博物館で恐竜の化石に囲まれて、今は無き遠い時代に思いを馳せました。
他にも軍事施設やダヴィデ像の御膝元など、場所も種類も様々です。
お客さんはもっぱら観光で来ている外国の方達なので、「イタリア=音楽」という期待に応えるべくより一層力が入ります。
今年度からギターとフルートとの室内楽をメインに一年間活動することになったので、
また新たな一面を自分の中から引き出していけたらいいなあ、と思っています。
こちらの音楽院は11月から新しい一年が始まるので、只今前年度の授業とその試験、来年度の授業の狭間でのた打ち回っています。
季節の変わり目とともに必然と家にこもる日が多くなり、暑い夏の不摂生な食生活を見直すべく大量の緑黄色野菜を茹でたり煮たりして小分けにして冷凍し、それにも飽き足らずについには一人暮らし4年目にして初めて豚足に手を出し、お鍋の前でジ~、、、と中の様子を眺めるのが最近のホッとする一時です。
もう冬もすぐそこです。

51期声楽専攻 寺下奈々 2012年10月26日


イタリア音楽院の夏休み・2012

ついに待ちに待った夏休みがやってきました。
音楽院では、先生達のバカンス事情と重なり4ヶ月にも及ぶ長い長い恐怖の空白期間が押し寄せます。
一年の疲れを海辺で癒し(と同時に学んだことも波と共に流れ去り)、秋の訪れを知らせるひんやりとした風が吹き始める頃に、季節とミスマッチな日焼け肌で皆戻って来ます。

しかし今年はイタリア政府の大きな変化と共にヴィザや学費、大学の税金まですべて値上げされ、来年度の学費を納めるこの7月は郵便局と学校の事務所を重い足取りで往復する毎日です。
留学生への状況が厳しくなる一方良い事もいくつかありました。
学校が本格的にフィレンツェ市との関係を形で表すようになり、例えば演奏系の試験では、市内の由緒ある博物館、美術館、教会、邸宅などを借り切り、コンサート形式の試験を取り入れるようになりました。
今まで学生が公共の場で演奏する機会が全くと言っていいほどありませんでしたが、今年からは夏休みを返上して9月、10月と市内のあちらこちらでコンサートを行います。

コンサートを行うにあたってオーディションが公に開かれるのが普通なのですが
さすがイタリア、公平な流れは一切無しに力を持つ先生達の気分とさじ加減ですべてが決まっていきます。
嘘みたいな本当の話ですが実力の他に切り離せない大事な三種の神器は、「マフィアな仕事をする担当教授」「発言力のある地元出身のクラスメイト」「簡単には折れない逞しい心」でしょうか。。。

私の今年の夏休みは、秋に行われるコンサートの準備と来年度の授業の準備、今年度の残された試験への悪あがきで過ぎていきそうです。

8月は観光地で賑わうフィレンツェも例年通りでは一気に静まり返るのですが、今年は経済不安のあおりで大多数のイタリア人も町に残るそうです。
こちらの夏は日本と違って湿気が少ない分、かなりパンチの効いた太陽光線が降りそそぎます。
なので朝方の11時頃から夕方の19時くらいまでは窓を締め切り家の中で過ごします。
そして太陽が傾いてきた頃に外へ繰り出します。
この時期は大小の公園でコンサートや夏祭りが開かれています。
私は7月より4年暮らしていた移民地区よりフィレンツェの川沿いの静かで落ち着いた地区へ引越しをしました。
日曜日の朝は丘の上の教会から、神父さん達が歌うグレゴリオ聖歌が聞こえてきます。
9月からまた新たに始まる戦いの日々に備え、心静かな夏休みを過ごせそうです。

 

51期声楽専攻 寺下奈々


イタリア的ゴールデンウィーク

こちらフィレンツェは真夏並みに暑い日中と真冬の様な寒さが続く毎日です。
今月の4日から10日までこちらの音楽院は一週間のお休みに入りました。
イタリアでは、クリスマスの次に大きなイベントである復活祭の連休です。
昔から復活祭の連休になると、なるべく住んでいる場所から出て旅行をしに行く、という根強い習慣があり、イタリア人は何ヶ月も前から血眼になって出かけ先を探し始めます。
なのでこの時期になると一気に町から地元民がいなくなります。
音楽院も、連休に入る前日くらいに市内の由緒ある教会でミサコンサートを開くのが毎年恒例となっています。
町のあちらこちらでも小さなコンサートが開催され、美術館や宗教施設はこの時期無料で開放されます。
しかし今年は不景気が影響してか、自宅で過ごす人達の割合の方が多かったそうです。
そんな中でも余裕のある人達は海外へ優雅に旅立っていく最中、残される彼らのペット達。
私はその残されたペットの家へ滞在し世話をする、という体験をしてきました。
2頭の馬と巨大な犬一匹、大量の雌鳥が広大な土地でのびのびと佇む中、私の主な仕事は馬の後ろにくっついてあるいて糞を掃除することと、犬の相手でした。
パートーナーはその他にも雌鳥達の卵の管理や、動物以外の野菜や植物の管理など、普段は音楽しかしていない私達にはなかなかハードで刺激的な一週間でした。

この連日が終わると、6月の第一試験期間に向けて一気に音楽院は忙しくなります。
こちらでは、それぞれの教科が一年に4回受けれる、というなんともラッキーなシステムで、第一次試験は6月~7月、続いて9月、11月、最終は2月、、、と自分の準備するペースと担当教授のさじ具合で試験を受ける事ができます。
外国人の生徒にはよくある「試験を受ける勇気が出なかった・・・」という最初の年でも、授業に出席さえしていれば翌年の試験期間に前年度の試験を受けれる、というとてもありがたい制度です。

今年は合奏などの共同作業的な授業が沢山あり、イタリア人の生徒は長い長い夏休み前に意地でも試験をすべて終わらしたい、という風に誰もが思っているので
私は毎日早起きをして大量の譜読みに追われる毎日です。

この時期は天気も不安的で、花粉症やインフルエンザも流行っていて、自分に合う薬を求めて薬局と学校を往復する毎日が始まりました。

51期 声楽専攻 寺下奈々

 

 


不景気とイタリアの音楽院

イタリアは太陽の日差しが柔らかくなったものの、身も凍る寒さが続いています。私がフィレンツェの音楽院へ入学して3年が経ちました。去年の9月から晴れて院生になったものの、学部の最終試験を来月に控え院の授業と大量の試験に追われる毎日です。

さて、皆さんもご存知の通りイタリアは誰もが知るファッション王国から今では不景気で路頭に迷う国ナンバー1となってしまいました。去年くらいから政府が音楽へかけるお金をほぼ切ってしまったのであちらこちらの町の劇場はスト、大学は常にデモを起こしていました。

私が入学した当初は学費も驚きの安さ、そして学校のシステムも驚きのいい加減さ、の安かろう悪かろうを最大に反映したような場所で、絵に描いたようにくそまじめな私は行われない授業のために存在しない先生を探し、学校の事に無関心な事務所で言葉の壁にぶつかり。。。今思い出すだけでゾッとするような毎日でした。

しかし不景気の大波が押し寄せてきたと同時に、音楽院はひとつの独立した大学として機能していかなくてはならない状態に陥り、学費は3倍に跳ね上がり、事務所は活気好き、そしていつ始まるのか分からない大量の授業もバカンスでゴロゴロしていた教授とともに一斉に始まるようになりました。

この急な変化は私にとって待ちに待った環境への第一歩でありました。不景気がもたらした思わぬ産物に恵まれ、まだまだ私の留学生活は続きそうです。

51期 声楽専攻 寺下奈々

学校の練習室風景

ヴェネツィアの風景

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